【おぉたむすねィく グループ公式ブログ】Autumn Snake

もっと詩的に生きてみたい! だから私は【おぉたむすねィく探検隊】 揺り籠から墓場までご案内いたします。

カテゴリ: つげ義春探検班

それにしても、つげさんの「創作力」というか、読者の「担ぎ方」は舌を巻くすごさだなあ~。

実の息子まで、「つげ作品」に仕立て上げてしまうんだから(笑)
子供のときはひどい喘息もちで、いつも蒼い顔して「ぜ~、ぜ~」言ってるイメージ。
ま、これはあくまでも「作品」中だけど、インタビュー(『東京人』)の中で実生活のお話で、

・息子は統合失調症で障害年金受給者
・引き籠り歴20年以上でつげ以外の人とはほとんど接触を持たない
・知能が未発達で父の書いた漫画を理解出来ず「どらえもん」のようなものを読んでいる

病状が最悪期より快方したのかもしれないけど、上記の内容を出典ありということでウィキペディアに書いたところ、「息子の将来を心配した」おせっかいな編集者らによって、履歴ごと削除される事件がありましたとさ!(Wikipedia:削除依頼/つげ義春 https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=Wikipedia:%E5%89%8A%E9%99%A4%E4%BE%9D%E9%A0%BC/%E3%81%A4%E3%81%92%E7%BE%A9%E6%98%A5
新潮の正助氏人のインタビュー(https://www.dailyshincho.jp/article/2020/03281000/?all=1
と、つげさんの描き出す「正助像」とのあまりの落差はいったい何?

この落差こそが、つげ漫画の源泉には違いないのだが・・・




新潮の正助氏人のインタビューより

つげ義春の息子が語る「主人公が父自身だと思われると困ります」

エンタメ アート

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『ねじ式』で知られるつげ義春さんが、アングレーム国際漫画祭で特別栄誉賞を授賞したことは大きな話題となった。

 アングレーム美術館では、つげさんの原画展も開かれたが、その開催に尽力し、現地にも同行した息子のつげ正助さんに、つげ作品と今回の受賞について話を聞いた。

(今回のフランス行きと個展は)全然イメージ出来ていなかったものが実現して達成感はあります。個展会場には予想以上にお客さんもたくさん入っていましたし、評価してくださってるんだなと嬉しかったです。今まで展覧会自体日本でも一度もやったことないですから、いきなりフランスでやったというのも考えてみればすごいことだなと思うわけですけれど。

 父の作品については、やっぱりすごいと思います。普通のマンガじゃないですから。もちろんエンタテインメントは、それはそれでおもしろいですけど、父の作品は私小説的な文学性がありますよね。あとはやっぱりリアリズム。そこが違うところじゃないかと思います。


無能の人(つげ義春原作)竹中直人監督 1991年
限定公開

1,500 回視聴
2013/06/22
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無能の人』(むのうのひと)は、つげ義春による日本漫画。『COMICばく』(日本文芸社)の1985年6月号より「石を売る」からのシリーズ連作で、「鳥師」「探石行」「カメラを売る」「蒸発」と続いた。

読切短編の多いつげ作品としては異例の連続シリーズとして知られるが、この作品を機につげは長い休筆期間に入る。主人公の助川は、つげ自身がモデルという指摘もある。1991年竹中直人監督・主演で映画化された。

概要[ソースを編集]

舞台は多摩川

つげがに興味をもち始めたのは『魚石』(1979年10月)を書いたころからで、その後、雑誌で「水石」という世界があることを知り、作品に描きたい気持ちを抱き始め多摩川へ行ってみると、ある人に出会ったことがきっかけとなり作品の構想が具体化した。自分自身が中年にさしかかったことで『散歩の日々』では中年を意識して描いたが、『石を売る』では構想の性格から『散歩の日々』の主人公のようなストイック人物像では不相応と考え、奇人変人的な一種の「無能の人」として描いた。作品中では特に強調してはいないものの非常に"自覚的"な人物として想定し、相当なインテリですべてを承知してやっており、とぼけているだけという人物設定とした。そのため、顔も"アホみたいな顔つき"(つげ自身の言葉)ではなく、知的な側面をも持ち合わせてる人物像として決定された[1]

作品は連作形式がとられているが、当初は連作になる予感はあったものの、はっきりとは決めずに描き始めた。描き始める前にはせいぜい2-3作しか書けないとつげ自身は考えたが、『COMICばく』を毎号描かねばならない状態に追い込まれ、締切りに追われる形でしっかりした構想もないままに描き始められた。後半では宗教や世捨ての問題なども絡みだすが、最初からその思惑があったわけではなく貧乏話中心に構想された。『石を売る』ではリアリティを持たせるために、できるだけ自分の生活範囲内からはみ出さぬよう注意が払われた。しかし、そのためストーリーが作りにくくなった。権藤晋はつげとの対談の中で、多摩川やつげが住む団地を背景としているため描きやすいのではと考えたが、つげはそれ以外の題材が取れず限定され、ネタを広げすぎることで虚構ぽくなりやすいため、構想の段階ではかえって描きづらかったと話している。このためあえて競輪場や多摩川の渡し船など実在するものをネタに使った[1]

つげは愛石交換会には一度だけ見に行っているが、それは新宿花園神社であった。作中ではラストシーンに鐘の音を使うため神社に変えた。

『石を売る』の作中では主人公の妻の顔が描かれなかったが、3話くらいで終わらせるつもりでいたため描くつもりもなく、女の顔を決めるのが億劫なので描かなかっただけで深い意味はなく、妻の顔のイメージが湧かないままに描き始められた。つげは、1作目の『石を売る』を描きあげた満足感よりは、2作目の『無能の人』の方が完成度が高いと自己評価している。これは、元来自分自身が好きな世界であり、その2-3年前のノイローゼ時に古物商の免許を取得しており、骨董の世界への傾倒が強い時期だったことを理由としてあげている。画像はベタが多く、を多用し日本画風となり枯れた感じが増幅されているが、つげ自身は締め切りに追われたため筆で処理してしまい、悪く言えば描き飛ばしたと感じていた。『無能の人』では、古本屋の山井が初めて登場するが、次作に登場させることは構想になかった。ただ、山井のような人物を登場させておけば後々使えるという目論見はあった。作品は誇張的な作風を意図していたため、寝そべってばかりいる古本屋山井のキャラクターなど現実にはあり得ないと感じたが、あえて描いた[1]

その後、テーマは深まりを見せ「水石」にまつわる蘊蓄も登場し、ストーリー展開も劇的に変化するが、つげ自身もテーマだけを追うだけでは面白く読ませることができないため面白くなるよう工夫を凝らしたという。作中には代々木にある水石趣味の協会(美石狂会)が登場するが、すべてつげの空想であり、実際にはそういう場所に行ったことはない。会長の家がある路地裏あばら家も創作である。後に竹中直人によって映画化される『無能の人』ではこのシーン(軽石が助川を追っかけるシーン)が代々木の裏町で撮影されたが、つげは代々木へは行ったことがなく町自体を知らなかった。つげは愛石交換会には一度だけ見に行っているが、それは新宿花園神社であった。作中で神社に変えたのは「ゴーン」という最後のの音を描きたかったからである。最後のシーンは涙を誘うつもりで描いたが、事実、内田春菊は感涙にくれながら読んだという[1]

あらすじ[ソースを編集]

主人公の助川助三は、かつてはそれなりに名の知れた漫画家であった。だが近年は仕事も減り、たまに執筆の依頼が入っても、自ら「芸術漫画家」を自称しているプライドがあるため、断り続けている貧乏な日々を送っている。妻のモモ子からは漫画を描けと時になじられるが、助川は全く描こうとはしない。そこで助川は漫画以外の新たな道を模索するが…[2]

石を売る[ソースを編集]

助川は、中古カメラ業、古物商などの商売がことごとく失敗し、今は多摩川の川原で、拾ったを掘っ立て小屋に並べ、石を売る商売を始めた。美術品として愛好家に取引される石とは全く違う「川原の石」が売れるはずもなく、妻に愛想を尽かされ、罵倒されながらも諦めきれずに、今日も石を並べて思索にふける。助川には夢があった。10年ほど前まで鉄橋の下にあった渡し場を復活させることである。ついでに河原に店を出しジュースや甘酒、さらには好きな石を並べ多角経営しようと夢を語る助川に、妻は川渡し人足の方が似合いじゃないかと罵倒する。ある日、川渡しに使われている貸しボート屋のボートが転覆したのを見て、思い切って川渡し人足を一人100円で始めてみる。日が暮れ、一日の稼ぎを数えていると長男が河原に迎えに来る。長男は河原にそのままになっている石が盗られないか心配する。助川は、妻が「父ちゃんは虫けらだ」と言っていたことを長男から聞かされる[2]

無能の人[ソースを編集]

古本業者の山井から、石の愛好家の専門誌を貰った助川は、石のオークションに自分の石を出品しようと主催者の「美石狂会」の石山とその妻のたつ子を訪問する。採石した石を抱え、オークションに参加する。結局石はひとつも売れず、家族で絶望する[2]

鳥師[ソースを編集]

知人の鳥屋のおやじは、インコなどの人気のある外来種を嫌い、飼育の難しい和鳥のみを扱っている。丹精こめて育てたメジロだが、今は昔と違い誰も見向きもされない。助川と同じく女房にも罵倒されながら、和鳥の愛好家が店に集まってきていた過去の栄光が忘れられない。そのおやじから助川は、昔店に鳥を売りに来ていた「鳥師」の話を聞く[2]

探石行[ソースを編集]

古本業者の山井に、思いがけなく助川の原画を欲しいと言う客があり、3万円の臨時収入を得る。助川は商売繁盛の目論見で採石と家族旅行を兼ねて、甲州に出かける。当初は妻も上機嫌だったが、ことがスムーズに運ばなくなると夫婦げんかの連続となる。なんとかたどり着いた鉱泉宿はムードもなく妻はさらに不機嫌に。宿前に虚無僧が現れ、助川は「虚無僧って儲かるのかな」とつぶやく。布団に入った妻が「これから私たちどうなるのかしら」と漏らす。どこからか虚無僧の吹く寂しげな尺八の音が…[2]

カメラを売る[ソースを編集]

かつて、漫画に限界を感じた助川が、偶然立ち寄った骨董屋で見つけた壊れたカメラを修理したところ思わぬ高値で売る事ができた。これに味を占めた助川はたまに来る漫画の依頼もそっちのけで妻の不安をよそに中古カメラの販売を始める[2]

蒸発[ソースを編集]

いつも寝てばかりで無気力の古本屋「山井書店」(病をもじったものとの説あり)の山井から、彼の故郷の誇りだと言う井上井月(いのうえせいげつ)と言う隠れた俳人の全集を借りる。読み進んでいるうち、「乞食井月」と言われた俳人の一生と自分や山井の人生を重ねて行く。一般にあまり知られていなかった井月の半生や俳句を、詳しく紹介することになった漫画である[2]

評価[ソースを編集]

川本三郎[ソースを編集]

つげの隠者志向がさらにいちだんと際立ってきて、一種壮絶な哀しみを感じさせる。とりわけ、信州伊那谷で野垂れ死にした井上井月にモチーフを得た『蒸発』は読むものを粛然とさせる。(中略)いうまでもなくこれはもはや「私小説」ではない。「私小説のパロディ」である。つげ義春はだからフィクションとしてあえて貧乏を作り出さねばならない。『無能の人』で描かれる貧乏は正真正銘の貧乏というよりは、つげ義春によって夢見られ、作られたフィクションとしての貧乏である。だからどの作品にもどこか余裕が感じられるのだし、ユーモアも生まれてくる。にもかかわらず、つげ義春が世捨て人になりたいと思う隠者願望だけは作られたものではない。彼は現代では不可能だとは百も承知で世俗から降りてしまった世捨て人を夢見る。川辺は都市の中の見捨てられた場所だ。つげ義春は、世捨て人になりたいという気持ちと、いやそれはもう不可能だという気持ちとに引き裂かれている『無能の人』は、この両極の緊張のドラマである。(「川本三郎の注目したい表現者たち④隠者願望」『COMICばく』NO.14 1987年夏号 日本文芸社より要約)[3]

映画[ソースを編集]

竹中直人の映画初監督作品。上記の原作がモチーフとなっているが、つげの他の作品「退屈な部屋」「日の戯れ」などが、助川夫妻の過去のエピソードとして使用されている。また予告編はおよそ、つげ作品とは思えない、「制作費××円」などのアメリカ大作映画のような大袈裟な演出がなされている。ナレーションは竹中本人によるもので、最後に「僕、無能ー!」と素っ頓狂に叫ぶのも特徴。映画内容は原作を忠実に再現することにこだわり、これにはつげ本人も相当驚いていた。

また、ゴンチチによるテーマ曲(インストゥルメンタル)は、竹中による詞が後付けされ、当時発売されたガイド本『無能の人のススメ』に掲載された。ビデオソフトの特典映像にはこの曲を竹中が歌うバージョンが収められている。

出演[ソースを編集]

スタッフ[ソースを編集]

受賞[ソースを編集]

エピソード[ソースを編集]

  • 原作者のつげ義春は、ロケ地の一つである多摩川へロケの終わった翌日に再度訪れるが、石屋のセットや小屋は跡形もなく、寒風に吹かれる河原の枯れたを眺めながら、祭りの過ぎ去った後の一人取り残された寂しさを味わったという(『つげ義春ワールド ゲンセンカン主人』(ワイズ出版))。

テレビドラマ[ソースを編集]

1998年7月にテレビ東京の深夜ドラマ『つげ義春ワールド』において放送された。

出演(テレビドラマ)[ソースを編集]

スタッフ(テレビドラマ)[ソースを編集]

脚注[ソースを編集]

  1. a b c d つげ義春 『つげ義春漫画術』(下) ワイズ出版、1993年10月 ISBN 4-948735-19-1
  2. a b c d e f g つげ義春漫画術(上巻)』(1995年10月 ワイズ出版ISBN 4948735183ISBN 978-4948735187
  3. ^ 「川本三郎の注目したい表現者たち④隠者願望」『COMICばく』NO.14 1987年夏号 日本文芸社より要約

外部リンク[ソースを編集]

何十年も何も描かず、息子の世話をしているだけなのに、
それに反比例するように年々、メジャーになっていく。
こんな効率よい仕事する人いない(笑)。
フランスまで行ったんだな。


水木しげるの手伝いをしていたのをやめたのも、
あくせく働く水木さんの仕事ぶりとは一線を画したかったというのが本音のようで、
いかに楽してお金と名声を手にするかをよくご存じなのだと思います(笑)


【日本経済新聞】
つげ義春さんに特別栄誉賞 仏アングレーム漫画祭
社会・くらし
2020/2/2 18:01
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO55158990S0A200C2CR8000/
【パリ=共同】欧州最大規模の漫画の祭典、第47回アングレーム国際漫画祭の授賞式が1日、フランス南西部アングレームで開かれ、「ねじ式」や「無能の人」などの作品で知られるつげ義春さん(82)が特別栄誉賞を受賞した。

漫画祭のツイッターによると、つげさんは授賞式で会場総立ちの拍手を受け「大変光栄です」とあいさつした。漫画祭ではつげ作品の展覧会が開かれ、フランスの映画刷新運動ヌーベルバーグをけん引したジャンリュック・ゴダール監督になぞらえ「漫画界のゴダール」と紹介された。

つげさんは東京生まれで、1950年代に漫画家としてデビュー。60年代半ばから「月刊漫画ガロ」で発表した作品が人気を集め、芸術性が高く評価された。「ねじ式」(68年)や「無能の人」(85年)は映画化され、フランス語の翻訳も出版されている。

1月30日から2日まで開かれた今回の漫画祭では、田辺剛さんの「時を超える影 ラヴクラフト傑作集」が「連続作品賞」を、東村アキコさんの「雪花の虎」第4巻が「ヤングアダルト賞」をそれぞれ受賞。木城ゆきとさんのSF作品「銃夢」の展覧会なども開かれた。

【時事コム】
つげ義春さんに特別栄誉賞 仏アングレーム漫画祭
https://www.jiji.com/jc/article?k=2020020200364&g=int

2020年02月02日19時24分
1日、仏南西部アングレームで行われたアングレーム国際漫画祭の授賞式で、賞を受け取った漫画家つげ義春さん(右)(AFP時事)

1日、仏南西部アングレームで行われたアングレーム国際漫画祭の授賞式で、賞を受け取った漫画家つげ義春さん(右)(AFP時事)

 【パリ時事】フランス南西部アングレームで1日、欧州最大規模の漫画の祭典として知られる第47回アングレーム国際漫画祭の授賞式が行われ、「ねじ式」や「沼」、「無能の人」などで知られる漫画家つげ義春さん(82)が特別栄誉賞を受賞した。
 漫画祭の公式ツイッターによると、つげさんは授賞式で観客から総立ちの拍手を受け、「非常に光栄です」とあいさつした。漫画祭ではつげさんの特別作品展が開かれ、多くのファンが訪れた。
 東京出身のつげさんは、1950年代に漫画家としてデビュー。60年代から「月刊漫画ガロ」に発表した作品の数々は高い評価を受けている。

【産経新聞】つげ義春さんに特別栄誉賞 仏アングレーム漫画祭
2020.2.2 23:59国際欧州・ロシア
https://mainichi.jp/articles/20200203/ddm/041/040/077000c
 欧州最大規模の漫画の祭典、第47回アングレーム国際漫画祭の授賞式が1日、フランス南西部アングレームで開かれ、「ねじ式」や「無能の人」などの作品で知られるつげ義春さん(82)が特別栄誉賞を受賞した。

 漫画祭のツイッターによると、つげさんは授賞式で会場総立ちの拍手を受け「大変光栄です」とあいさつした。漫画祭では、つげ作品の展覧会が開かれ、フランスの映画刷新運動ヌーベルバーグをけん引したジャンリュック・ゴダール監督になぞらえ「漫画界のゴダール」と紹介された。

 つげさんは東京生まれで、1950年代に漫画家としてデビュー。60年代半ばから「月刊漫画ガロ」で発表した作品が人気を集め、芸術性が高く評価された。「ねじ式」(昭和43年)や「無能の人」(60年)は映画化され、フランス語の翻訳も出版されている。(共同)

2第47回アングレーム国際漫画祭


第47回アングレーム国際漫画祭










【新作短編映画】
神戸電鉄沿線の消えた在日朝鮮人集落の謎
(神戸市長田区源平町)
~数十年ぶりにつげ義春『李さん一家』にような生活を求めて訪れたところ
・・・・


神戸市長田区檜川町から、
住宅地を東に上り詰めた
たりに神戸電鉄が走ってお
り、その昔、電鉄線路をくぐ
る小さなトンネルがあり、その向こう側が在日朝鮮人の
集落になっていた。

トンネルは2本あり、どちらも線路の山手、
すなわち東側一帯が朝鮮人部落になっていた。
そのうちの1本、北側のトンネルを訪ねてみる。
数十年ぶりに来てみると、トンネルはふさがれていた。
朝鮮人部落は消滅したのだろうか?
私たち探検隊は、トンネルの横に上る階段を上がってみた。
しかし、そこからは朝鮮人部落へは行けそうになかった。


かつて見た朝鮮人部落は、広大な
山地を開拓して、畑もあり緑豊かな
斜面に多くの建屋が建て並び、
一大集落を形成していた。
そこは、まるでトンネルの手前側の
現代風な住宅地とは趣を異にする
異界であった。

私は、子供心にまるで外国へ来た
かのような感慨を味わったものだ。
そこに住む人たちは、塀や壁で隔て
られた日本人の生活とは違い、まる
で部落全体が一つの家族のような
趣で、昔は日本もこのようだったの
だという、かつての共同体に対する
ある種の郷愁
のようなを感じさせた。


後に、Google航空地図で、
その集落が現在どうなっているのか覗いてみた。
しかしそこにはもはや現在、建屋などは見られず
宅地造成地のような赤土の帯が見られただけだった。


そこではかつて、つげ義春の
『李さん一家』のような生活が、
実際に営まれていたのだ。

それは、のどかで気儘で、貧しい生活であったが、
どこか懐かしい郷愁に
満ち溢れた光景であった。

『近所の景色』と同じ立ち退きの運命をこの部落もたどったのだろう。

私たち探検隊は、朝鮮人部落訪問を
あきらめ、その手前の檜川町を散策す
ることにした。


かつて見た朝鮮人集落ほどではないに
せよ、かなりインパクトのある光景が広がる。
神戸でも、この丸山地区というところは、
急峻な谷を切り開いて築かれたかつての
ベッドタウンの走りのような場所で
複雑な地形は、外から見ただけでは
想像のつかない風景を含有して
はばからなかった。

ちなみに、この道も行き止まりで、
朝鮮部落へはたどり着けなかった。
廃屋か?

そこには、想像もつかないような場所で
暮らす人たちの痕跡が残されていた。
消えた朝鮮人たちは、いったい
どこへ行ってしまったのだろう?
それは、猫に聞いても
わかるはずもなかった。

監督秋蛇星


曲「夕刻のアクチュアリティ 」
3分10秒 2018.07 二胡/ソプラノ/コーラス/ベース/パーカッション



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丸山。檜川町から朝鮮人部落へ・・・

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かつての朝鮮人部落は、檜川町の山すその神戸電鉄を越した山地にあった。
かつて、不法占拠して住み着いたものだろう。
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朝鮮人部落への入り口は、完全にふさがれ塗り固められていた。
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私たち探検隊は、朝鮮人部落へは行けず、源平町のある一角に戻ってきた。




【おぉたむすねィく探検隊 精神分析研究班】
猫と未来、日本人の精神構造を考える会 特別斑 野良猫観察隊



『ねじ式の村』
 つげさんの『ねじ式』に描かれる漁村がどこなのかは、しばしば推測の対象となる。確かに太海には少年がメメクラゲに噛まれて切断された左腕の血管を右手でくっつけ合わせながら彷徨い歩く粗末な背の低い小屋のような民家群はそこにはあった。太海のような磯臭く生活臭も漂わせる漁村は全国にもどこにでもあるのだが、それでいて『ねじ式』を感じさせる漁村となると意外に少ないのも事実である。

よくよく考えれば、『ねじ式』の絵の中にはっきり太海と判明しているのは、主人公の少年がキツネの面を付けた子供の運転する蒸気機関車で連れ戻される民家の路地だけなので、その他のコマは一体どこなのかわからないのだ。機関車の到着のコマ以外は、意外にもどこにでもありそうな海辺の光景だが、とりわけ十字架のような木の物干し棒に洗濯が干されているコマは印象的だ。それと、理髪店のバーバーポールを掲げた店舗の中で刃物を研いでいる人物のコマ。「天狗堂20貫」と書かれた壁。眠科(眼科ではなく)の立ち並ぶ町並み(これは台湾の町がヒントとなっているし、見開きで描かれた機関車は台湾の機関車で『鉄道ファン』1966年8月号に載った台湾・阿里山森林鉄路の写真を模写したものであることも判明している(https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q11209594301?__ysp=44Gt44GY5byP44CA5qmf6Zai6LuK)
 
僕は偶然にも、兵庫県家島本島で、『ねじ式』に描かれるようなちっぽけな集落を発見してしまった。その集落の印象から「2018ねじ式 - 家島版」を発表するが、その原版となった動画が以下のものである。開始から50秒あたりに、洗濯物が強風にはためく『ねじ式』的状況が展開されているのが分かる。集落の更に裏側にはあまりに錆色過ぎる小さな造船所があり、これもまたなぜか『ねじ式』的に思えてならなかったのだ。

 僕は現代では、もはや秘境は離島にしか存在しないと考えているが、姫路からわずか30分の離島にこんな”秘境”(もはや現代には残されていない戦後的なつげさんが描いた心象世界)が残されていることに驚きを禁じ得なかった。







短編映画『ねじ式』家島版  2018年2月25日公開 
総製作費:2015円(姫路-家島往復船代2000円+電気代概算15円)
原作:つげ義春、脚本・監督:秋蛇星  

石井輝男監督の『ねじ式』に長年不満を抱き続けた作者が、自らがメガホンを取ることもなく一人の役者も使わずに、3時間の構想と半日間のロケと製作費2015円(家島行き汽船往復費2000円+電気代15円)を投入して、ついに築き上げた精神世界・・・・ 音楽
1、ヴァンパイアの目覚め
2、31950DAの接近 3分08秒 2017.02 ストリングス木管ブラスコーラスパーカッション
3、不明
4,おぼろ月 1分59秒 2016.11 不気味 テクノ・エレクトロ 尺八シンセサイザーベースパーカッション 5,オーヴⅡ 2分35秒 2015.07 不気味アンビエント エレキギターベルシンセサイザー
以上、甘茶の音楽工房

『ねじ式』(ねじしき)は、つげ義春により1968年『月刊漫画ガロ』6月増刊号「つげ義春特集」誌上で発表された漫画作品。千葉県の太海を旅行した経験が元になっているが、作風は前衛的でシュールである。短編の多いつげ義春の作品の中でも特に有名で、つげを代表する作品として作品集の表題作ともなっている。日本の漫画界だけにとどまらず、多くの分野に多大な影響を与えた。

Yoshiharu Tsuge. It was published in the June 1968 issue of Garo magazineand gained cult status among Japanese youth at the time.It was subsequently translated into English by Bill Randall for the American magazine The Comics Journal for its February 2003 issue no. 250.[3] The manga was also adapted into a game for the Japanese PC-9800 platform in 1989 In 1998 Japanese film director Teruo Ishii adapted the manga into a live action film (also known as Wind-Up Type) starring Tadanobu Asano and Miki Fujitani. Contents 1 Plot 2 Style and Themes 3 Notes 4 External links Plot Futomi fishing port. The stage of the "Screw Style" A young man arriving ashore in war-torn Japan is bitten by a jellyfish that pierces his artery. He enters a nearby village and goes around looking for help, meeting characters along the way who give him none. His search ends in his meeting with a female gynecologist who carries out a bizarre operation on him. Style and Themes Screw Style does not have a conventional plot, and like many of Tsuge's works for Garo post-"Numa" (1966), it has a dream-like ambiguous quality in the progress of the narrative and the artwork. All characters except the young man are drawn as if they are static. There are recurring motifs of eyes. It is one of Tsuge's 'dreamed stories' in origin as well. He is said to have based this manga on a dream he had while napping on the roof of his apartment building.[6][7] There have been various interpretations of the themes of the manga. At the start of the manga, the protagonist comes from the sea. At the end of it, he goes back into the sea. Some critics suggest this represents birth and death. It may also be argued that the takeaway is that no one gets anywhere no matter where they go. Notes "Yoshiharu Tsuge's Nejishiki". thecribsheet-isabelinho.blogspot.in. Retrieved 2017-01-23. Schodt, Frederik L. (2011). Dreamland Japan: Writings on Modern Manga. Stone Bridge Press, Inc. pp. 201–202. ISBN 978-1933330952. "The Comics Journal No. 250, February 2003 | The Comics Journal". www.tcj.com. Retrieved 2017-01-23. "Neji Shiki". GameSpot. Retrieved 2017-01-23. Asano, Tadanobu; Fujitani, Miki; Fujimori, Yûko; Kanayama, Kazuhiko (1998-06-17), Neji-shiki, retrieved 2017-01-23 Journal, The Asia Pacific. "The Incident at Nishibeta Village: A Classic Manga by Tsuge Yoshiharu from the Garo Years | The Asia-Pacific Journal: Japan Focus". apjjf.org. Retrieved 2017-01-24. "The Comics Journal: Interviews". archive.li. 2012-02-02. Retrieved 2017-01-24.

海岸でメメクラゲに左腕を噛まれ静脈を切断された主人公の少年が、死の恐怖に苛まれながら「医者はどこだ」と言いながら医者を求めて漁村らしき奇怪な町を放浪し、不条理な目に遇いながらも、ついには必要とした女医(産婦人科医)に出会い「シリツ」(手術)を受けることができ、事なきを得るという話である。 つげが水木しげるの仕事を手伝っていた頃に下宿していたラーメン屋(中華料理 八幡、調布市富士見町2-4-1)[1]の屋上で見た夢が元になっており、つげ自身は「ラーメン屋の屋根の上で見た夢。原稿の締め切りが迫りヤケクソになって書いた」と語っているが、夢をそのまま描いたものではなく、ほとんどは創作である。

実際はこうしたシュールなものを描きたいという構想はかなり以前からつげの中にあったものの、それまでの漫画界においては、あまりにも斬新であるため、発表する機会が得られなかった。直前までのつげは、一連の「旅もの」で人気を博していた。しかし、原稿に締め切りが迫りネタに尽きたつげは、それまでに構想にあったこの作品を思い切って発表した。完成までには3か月を要している。

『ガロ』という自由な表現の場を得たことがこの作品を世に出す原動力となった。

1968年6月頃には『もっきり屋の少女』を描き上げ『ガロ』8月号に発表したが、9月には自分の存在意義に理解できず、精神衰弱に苛まれ、2、3度文通を交わしただけの看護師の女性と結婚するつもりで九州への蒸発を決意したが、10日で帰京。翌、1969年には状況劇場の女優藤原マキと知り合う[2]。 タイトルの『ねじ式』は、シリツの際、治療のため女医によって取り付けられた血管を接続するためのバルブねじからきている。女医自身はこの治療法を『○×方式』と呼び、少年に決してそのネジを締めることのないよう注意する。ラストシーンのモーターボートが走るシーンは未完の作品「湖畔の風景」から流用している(『つげ義春漫画術』下巻)。

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おぉたむすねィく探検隊 精神分析研究班】音楽と芸術、日本人の精神構造を考える会 特別チーム




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