【おぉたむすねィく グループ公式ブログ】Autumn Snake

もっと詩的に生きてみたい! だから私は【おぉたむすねィく探検隊】 揺り籠から墓場までご案内いたします。

揺り籠から墓場までご案内いたします。


無能の人(つげ義春原作)竹中直人監督 1991年
限定公開

1,500 回視聴
2013/06/22
9
1
共有
チャンネル登録者数 94人




無能の人』(むのうのひと)は、つげ義春による日本漫画。『COMICばく』(日本文芸社)の1985年6月号より「石を売る」からのシリーズ連作で、「鳥師」「探石行」「カメラを売る」「蒸発」と続いた。

読切短編の多いつげ作品としては異例の連続シリーズとして知られるが、この作品を機につげは長い休筆期間に入る。主人公の助川は、つげ自身がモデルという指摘もある。1991年竹中直人監督・主演で映画化された。

概要[ソースを編集]

舞台は多摩川

つげがに興味をもち始めたのは『魚石』(1979年10月)を書いたころからで、その後、雑誌で「水石」という世界があることを知り、作品に描きたい気持ちを抱き始め多摩川へ行ってみると、ある人に出会ったことがきっかけとなり作品の構想が具体化した。自分自身が中年にさしかかったことで『散歩の日々』では中年を意識して描いたが、『石を売る』では構想の性格から『散歩の日々』の主人公のようなストイック人物像では不相応と考え、奇人変人的な一種の「無能の人」として描いた。作品中では特に強調してはいないものの非常に"自覚的"な人物として想定し、相当なインテリですべてを承知してやっており、とぼけているだけという人物設定とした。そのため、顔も"アホみたいな顔つき"(つげ自身の言葉)ではなく、知的な側面をも持ち合わせてる人物像として決定された[1]

作品は連作形式がとられているが、当初は連作になる予感はあったものの、はっきりとは決めずに描き始めた。描き始める前にはせいぜい2-3作しか書けないとつげ自身は考えたが、『COMICばく』を毎号描かねばならない状態に追い込まれ、締切りに追われる形でしっかりした構想もないままに描き始められた。後半では宗教や世捨ての問題なども絡みだすが、最初からその思惑があったわけではなく貧乏話中心に構想された。『石を売る』ではリアリティを持たせるために、できるだけ自分の生活範囲内からはみ出さぬよう注意が払われた。しかし、そのためストーリーが作りにくくなった。権藤晋はつげとの対談の中で、多摩川やつげが住む団地を背景としているため描きやすいのではと考えたが、つげはそれ以外の題材が取れず限定され、ネタを広げすぎることで虚構ぽくなりやすいため、構想の段階ではかえって描きづらかったと話している。このためあえて競輪場や多摩川の渡し船など実在するものをネタに使った[1]

つげは愛石交換会には一度だけ見に行っているが、それは新宿花園神社であった。作中ではラストシーンに鐘の音を使うため神社に変えた。

『石を売る』の作中では主人公の妻の顔が描かれなかったが、3話くらいで終わらせるつもりでいたため描くつもりもなく、女の顔を決めるのが億劫なので描かなかっただけで深い意味はなく、妻の顔のイメージが湧かないままに描き始められた。つげは、1作目の『石を売る』を描きあげた満足感よりは、2作目の『無能の人』の方が完成度が高いと自己評価している。これは、元来自分自身が好きな世界であり、その2-3年前のノイローゼ時に古物商の免許を取得しており、骨董の世界への傾倒が強い時期だったことを理由としてあげている。画像はベタが多く、を多用し日本画風となり枯れた感じが増幅されているが、つげ自身は締め切りに追われたため筆で処理してしまい、悪く言えば描き飛ばしたと感じていた。『無能の人』では、古本屋の山井が初めて登場するが、次作に登場させることは構想になかった。ただ、山井のような人物を登場させておけば後々使えるという目論見はあった。作品は誇張的な作風を意図していたため、寝そべってばかりいる古本屋山井のキャラクターなど現実にはあり得ないと感じたが、あえて描いた[1]

その後、テーマは深まりを見せ「水石」にまつわる蘊蓄も登場し、ストーリー展開も劇的に変化するが、つげ自身もテーマだけを追うだけでは面白く読ませることができないため面白くなるよう工夫を凝らしたという。作中には代々木にある水石趣味の協会(美石狂会)が登場するが、すべてつげの空想であり、実際にはそういう場所に行ったことはない。会長の家がある路地裏あばら家も創作である。後に竹中直人によって映画化される『無能の人』ではこのシーン(軽石が助川を追っかけるシーン)が代々木の裏町で撮影されたが、つげは代々木へは行ったことがなく町自体を知らなかった。つげは愛石交換会には一度だけ見に行っているが、それは新宿花園神社であった。作中で神社に変えたのは「ゴーン」という最後のの音を描きたかったからである。最後のシーンは涙を誘うつもりで描いたが、事実、内田春菊は感涙にくれながら読んだという[1]

あらすじ[ソースを編集]

主人公の助川助三は、かつてはそれなりに名の知れた漫画家であった。だが近年は仕事も減り、たまに執筆の依頼が入っても、自ら「芸術漫画家」を自称しているプライドがあるため、断り続けている貧乏な日々を送っている。妻のモモ子からは漫画を描けと時になじられるが、助川は全く描こうとはしない。そこで助川は漫画以外の新たな道を模索するが…[2]

石を売る[ソースを編集]

助川は、中古カメラ業、古物商などの商売がことごとく失敗し、今は多摩川の川原で、拾ったを掘っ立て小屋に並べ、石を売る商売を始めた。美術品として愛好家に取引される石とは全く違う「川原の石」が売れるはずもなく、妻に愛想を尽かされ、罵倒されながらも諦めきれずに、今日も石を並べて思索にふける。助川には夢があった。10年ほど前まで鉄橋の下にあった渡し場を復活させることである。ついでに河原に店を出しジュースや甘酒、さらには好きな石を並べ多角経営しようと夢を語る助川に、妻は川渡し人足の方が似合いじゃないかと罵倒する。ある日、川渡しに使われている貸しボート屋のボートが転覆したのを見て、思い切って川渡し人足を一人100円で始めてみる。日が暮れ、一日の稼ぎを数えていると長男が河原に迎えに来る。長男は河原にそのままになっている石が盗られないか心配する。助川は、妻が「父ちゃんは虫けらだ」と言っていたことを長男から聞かされる[2]

無能の人[ソースを編集]

古本業者の山井から、石の愛好家の専門誌を貰った助川は、石のオークションに自分の石を出品しようと主催者の「美石狂会」の石山とその妻のたつ子を訪問する。採石した石を抱え、オークションに参加する。結局石はひとつも売れず、家族で絶望する[2]

鳥師[ソースを編集]

知人の鳥屋のおやじは、インコなどの人気のある外来種を嫌い、飼育の難しい和鳥のみを扱っている。丹精こめて育てたメジロだが、今は昔と違い誰も見向きもされない。助川と同じく女房にも罵倒されながら、和鳥の愛好家が店に集まってきていた過去の栄光が忘れられない。そのおやじから助川は、昔店に鳥を売りに来ていた「鳥師」の話を聞く[2]

探石行[ソースを編集]

古本業者の山井に、思いがけなく助川の原画を欲しいと言う客があり、3万円の臨時収入を得る。助川は商売繁盛の目論見で採石と家族旅行を兼ねて、甲州に出かける。当初は妻も上機嫌だったが、ことがスムーズに運ばなくなると夫婦げんかの連続となる。なんとかたどり着いた鉱泉宿はムードもなく妻はさらに不機嫌に。宿前に虚無僧が現れ、助川は「虚無僧って儲かるのかな」とつぶやく。布団に入った妻が「これから私たちどうなるのかしら」と漏らす。どこからか虚無僧の吹く寂しげな尺八の音が…[2]

カメラを売る[ソースを編集]

かつて、漫画に限界を感じた助川が、偶然立ち寄った骨董屋で見つけた壊れたカメラを修理したところ思わぬ高値で売る事ができた。これに味を占めた助川はたまに来る漫画の依頼もそっちのけで妻の不安をよそに中古カメラの販売を始める[2]

蒸発[ソースを編集]

いつも寝てばかりで無気力の古本屋「山井書店」(病をもじったものとの説あり)の山井から、彼の故郷の誇りだと言う井上井月(いのうえせいげつ)と言う隠れた俳人の全集を借りる。読み進んでいるうち、「乞食井月」と言われた俳人の一生と自分や山井の人生を重ねて行く。一般にあまり知られていなかった井月の半生や俳句を、詳しく紹介することになった漫画である[2]

評価[ソースを編集]

川本三郎[ソースを編集]

つげの隠者志向がさらにいちだんと際立ってきて、一種壮絶な哀しみを感じさせる。とりわけ、信州伊那谷で野垂れ死にした井上井月にモチーフを得た『蒸発』は読むものを粛然とさせる。(中略)いうまでもなくこれはもはや「私小説」ではない。「私小説のパロディ」である。つげ義春はだからフィクションとしてあえて貧乏を作り出さねばならない。『無能の人』で描かれる貧乏は正真正銘の貧乏というよりは、つげ義春によって夢見られ、作られたフィクションとしての貧乏である。だからどの作品にもどこか余裕が感じられるのだし、ユーモアも生まれてくる。にもかかわらず、つげ義春が世捨て人になりたいと思う隠者願望だけは作られたものではない。彼は現代では不可能だとは百も承知で世俗から降りてしまった世捨て人を夢見る。川辺は都市の中の見捨てられた場所だ。つげ義春は、世捨て人になりたいという気持ちと、いやそれはもう不可能だという気持ちとに引き裂かれている『無能の人』は、この両極の緊張のドラマである。(「川本三郎の注目したい表現者たち④隠者願望」『COMICばく』NO.14 1987年夏号 日本文芸社より要約)[3]

映画[ソースを編集]

竹中直人の映画初監督作品。上記の原作がモチーフとなっているが、つげの他の作品「退屈な部屋」「日の戯れ」などが、助川夫妻の過去のエピソードとして使用されている。また予告編はおよそ、つげ作品とは思えない、「制作費××円」などのアメリカ大作映画のような大袈裟な演出がなされている。ナレーションは竹中本人によるもので、最後に「僕、無能ー!」と素っ頓狂に叫ぶのも特徴。映画内容は原作を忠実に再現することにこだわり、これにはつげ本人も相当驚いていた。

また、ゴンチチによるテーマ曲(インストゥルメンタル)は、竹中による詞が後付けされ、当時発売されたガイド本『無能の人のススメ』に掲載された。ビデオソフトの特典映像にはこの曲を竹中が歌うバージョンが収められている。

出演[ソースを編集]

スタッフ[ソースを編集]

受賞[ソースを編集]

エピソード[ソースを編集]

  • 原作者のつげ義春は、ロケ地の一つである多摩川へロケの終わった翌日に再度訪れるが、石屋のセットや小屋は跡形もなく、寒風に吹かれる河原の枯れたを眺めながら、祭りの過ぎ去った後の一人取り残された寂しさを味わったという(『つげ義春ワールド ゲンセンカン主人』(ワイズ出版))。

テレビドラマ[ソースを編集]

1998年7月にテレビ東京の深夜ドラマ『つげ義春ワールド』において放送された。

出演(テレビドラマ)[ソースを編集]

スタッフ(テレビドラマ)[ソースを編集]

脚注[ソースを編集]

  1. a b c d つげ義春 『つげ義春漫画術』(下) ワイズ出版、1993年10月 ISBN 4-948735-19-1
  2. a b c d e f g つげ義春漫画術(上巻)』(1995年10月 ワイズ出版ISBN 4948735183ISBN 978-4948735187
  3. ^ 「川本三郎の注目したい表現者たち④隠者願望」『COMICばく』NO.14 1987年夏号 日本文芸社より要約

外部リンク[ソースを編集]

#露天風呂空撮 #温泉廃墟 #根日女の湯

《廃墟巡礼》露天風呂空撮!”田舎の過剰施設”加西天然温泉「根日女の湯」~加西唯一の天然温泉がわずか15年間で廃墟に! HONDA BEATで行く加西市




秋蛇星短編映画製作所 20210524  #露天風呂空撮#温泉廃墟#根日女の湯#加西市#廃墟巡礼#RUINS#DJIMini2#ホンダビート#HONDABEAT 空撮《廃墟巡礼》”田舎の過剰施設”加西天然温泉「根日女の湯」
~加西唯一の天然温泉がわずか15年間で廃墟に!

【脚本】 かつて、加西市には唯一の 温泉施設があった! 根日女の湯 2013年10月31日 閉館

《廃墟巡礼》
田舎の過剰施設 加西天然温泉 根日女の湯 曲:Fanfare for Space - Kevin MacLeod
30年前のホンダビートは軽やかに加西平野をかけていた。 兵庫県道79号 中国縦貫道をくぐる その先を右折してすぐ なんとなく記憶のイメージとは違うぞ 根日女の湯到着!
もっと大きな道沿いで、もう少し 華やかな印象だったが さっそくDJI Mini2登場
曲:The End - Quincas Moreira 
温泉DATA 源泉名 加西天然温泉 日根女の湯 (湧出地:兵庫県加西市都染町字松尾957-8) 泉質 ナトリウム・カルシウム-塩化物温泉 [等張性-弱アルカリ性-低温泉] 泉温 32.2℃(気温:22.0℃) 湧出量 88L/min(掘削・動力揚湯) 知覚的試験 白濁、塩味、殆ど無臭 pH値 7.56 ラドン ---×10-10キュリー 密度 1.0051g/cm3(20℃/4℃) 蒸発残留物 12.07g/Kg 溶存物質総計(ガス性のものを除く) 9.337g/Kg 分析年月日 1998年10月16日 情報源 ロビーの掲示(温泉分析書のコピー) 1Kg中の成分 陽イオン mg ナトリウムイオン 2474 カリウムイオン 18.3 マグネシウムイオン 10.4 カルシウムイオン 1050 アルミニウムイオン 0.05以下 マンガンイオン 0.1 鉄(II)イオン 3.7 陽イオン合計 3557 陰イオン mg フッ素イオン 4.1 塩素イオン 5733 臭素イオン 9.1 ヨウ素イオン 1.0 硫酸イオン 1.6 炭酸水素イオン 12.2 炭酸イオン 6.0 陰イオン合計 5767 非解離成分 mg メタケイ酸 10.0 メタホウ酸 3.3 メタ亜ヒ酸 0.01以下 非解離成分合計 13.3 溶存ガス成分 mg 遊離二酸化炭素 0.0 溶存ガス成分合計 0.0
周囲はこんな感じ どこまでものどかな田園地帯 施錠された敷地内へもすいすい アルソックのステッカーが貼られていたが、 多分もう契約はないだろう。 屋根はまだきれいだ いよいよ、館内に迫る! 大きな軒下に入ってみる スズメバチが唯一の住人 中を覗くが、ガラスの反射でよく見えないながら、 和風に造られた内装の一部が確認できる。 あのあたりはたぶんレストラン 露天風呂を空から盗撮しに行く 露天風呂が! 左が和風・右が洋風(バラ園)  この温泉は分析年賀998年となっているからおそら くその当時の開業なのだろう。 2013年閉館なので、わずか15年間しか存在した かったことになる。 私自身も、おそらく開業まもなくの1990年後半から 2000年頃に2度ほど行った記憶がある。 「バラ園」を併設した洋風露天風呂は特に圧巻で、 珍しいものだった。 周囲はどんなロケーションなのか一周してみる 施設DATA 温泉名 加西天然温泉 根日女の湯 施設名 加西天然温泉 根日女の湯(ねひめのゆ) 施設の種別 日帰り入浴施設 所在地 兵庫県加西市都染町字松尾957番地 電話番号 0790-47-2619 公式サイト 加西天然温泉 根日女の湯 営業時間
08:0022:00(最終受付 21:00、 第3月曜日定休(祝日の場合は翌日)) 料金 大人:600円、子供:300円 無料の備品 ボディーソープ・シャンプー・鍵つき ロッカー・ドライヤー 浴場施設 内湯、ドライサウナ、水風呂、露 天風呂、露天ジャグジー 駐車 あり ※2013年10月末で閉館 本当に何位もない場所に立地 余程ここが気に入ったのか土地が安かったものか? 今や、太陽光発電の一大基地! 再び地上へ舞い降りる 一見公営施設に見えるが実は 民間だったようだ。 というわけで役所だから叩くという論法が採れない。 周囲はどんなロケーションなのか一周してみる こういう評価も 開放的な露天風呂での湯浴みは、なかなか快適である。夏の陽射 しはあくまでも強いが、吹き抜ける風は草の匂いを含んだ軽やかな もので、ついつい居眠りをしてしまう。 コンクリートとアスファルトに囲まれた都会のスーパー銭湯では、決 して味わえない自然な爽快感である。 HPは残されていないし、この温泉に関してのネット上の情報は 少ないがかろうじて個人サイトに写真が記録されていたので借用。 こんな感じだったようだ ところで加西ってどんなとこ? 第三セクターの北条鉄道が トコトコ走っている。 のどかですな~ 街っぽい場所は、イオンだけである。 こんな人口密度だから当然これだけの 施設が存続できるわけがない・・・・ 仕方ないというべきか 当然というべきか、加西唯一の天然温泉の 触れ込みも空しく あえなく廃墟への道をたどる羽目になり、 加西の歴史に一筆加えることが できたのであります! それにしても、経営者はどんな方だったので しょうか? 余程、奇特な方か、別事業でたんまり 儲けた地元出身の方だったのでしょうか? 淡路島出身で、地元に平和大観音を建立し た、奥内さんみたいな方を想像してしまいました。
DSCF2064

DSCF2062


DSCF2065


DSCF2068


DSCF2069






脚本・監督 秋蛇星




#心霊スポット #丹波市 #結婚式場廃墟

【廃墟巡礼】鐘ヶ坂トンネル・吉祥苑廃墟大空撮!元結婚式場・旅館、団塊の世代とともに死す! 国道176号丹波市廃墟街道

490 回視聴
2021/03/17
181共有
チャンネル登録者数 1.59万人
秋蛇星短編映画製作所 20210316 制作 
#心霊スポット#丹波市#結婚式場廃墟
【脚本】 国道176号 平成鐘ヶ坂トンネル 篠山側から丹波側へ抜けたあたりは深い谷で、 春にはサクラの名所にもなる鐘ヶ坂公園がある。

うち、1883年完成の通称「明治トンネル」は 心霊スポットとして名をはせている。 国道176号を丹波市側に北上するとやがて、 一軒の大きな廃墟が見えてくるだろう。 元・結婚式場・旅館 「吉祥苑」 そのさらに先にあった、ディスカウント・ジャパンや レストランも今やすべて廃墟と化した。 「負の連鎖」とはよく聞くが、 「廃墟の連鎖」というものがあるのだろうか?

吉祥苑  吉祥苑を空から見てみよう。 今や「吉祥苑」の看板の文字も剥落し 屋根にはコケも生え、痛々しい姿をさらしている。 屋上に接近してみる。

曲「100 Degrees Under」 - RAGE

2階窓は多くがガラスが損壊している!

曲「Night Snow」 - Asher Fulero

軒に吊るされた瀟洒なランタンもまだ下がった ままなのが痛々しさを感じさせる。 中が相当に荒らされていることがわかる。 そもそも、こんな寂しい何もない場所によく これだけの建物を持つ旅館が建てられたのか? 破壊された窓からは容赦なく風雪が 吹き込み、中も荒れ放題。

1975年以降、1982年までに閉業。 上二階地下二階の大型施設で、
新館と休館から構成される。 閉業時期は不詳ながら、
2004年頃には 廃墟としての言及が見られ、 1990年代後半頃には閉鎖されたらしい。
リニューアル工事の経費がかさんだことが 一因だというが、
それに見合う売上げがなかった ことが主因だろう。

1階には「KENT」というレストランと「鳳凰」 「孔雀」などの宴会場があり、
二階は写真室、 結婚式場「吉祥殿」のほか、「高砂」「雅」 「元禄」「桃山」「吉野」「飛鳥」「安土」「平安」 などの部屋があった。

屋上にはビヤガーデン、地下には大浴場・小浴 場、ラウンジ「祥」があった。その他にカラオケ& ゲームコーナーが設置されていた。 おそらくは、団塊の世代の結婚時期と営業時期 が重なることから、そうした需要がこんな田舎で も、当時は見込めたのだろう。

ビヤガーデンだったという屋上!

今や、団塊の世代の需要は結婚式場から葬儀 屋へ移行したことで、
この先には、葬儀のセレモ ニーホールが新たに建設された。
今 や 、 夢 の 跡 ! ここで結婚式を挙げた若者たちは、 すでに人生を終え、セレモニーホールへ と吸い込まれようとしているのだ!

昭和トンネルは、今や 平成トンネルに移された。 吉祥苑は、
鐘ヶ坂峠に今なお 立ち尽くし「諸行無常」を訴え続けるのだ!

なんとちっぽけなことか、人の営みは・・・・ 平成トンネル 曲「Two Moons」 - Bobby Richards  螺旋階段の中央には見事な シャンデリアが下がっている。

敷地内には4体の地蔵が並んでおり、 手入れされている。

脚本・監督 秋蛇星
いつも楽しく拝見してます。この廃墟、2000年に来た時は既に荒れていました。 旧トンネルに行く道によくパトカー隠れてますね。先日、旧トンネルまでは行けましたが、旧々トンネルまではちょっとした山登りになるので諦め、桜咲いたらまた行ってみようかと思います!

DJI_0607


DJI_0603


DJI_0611
吉祥苑廃墟史上初空撮!

DJI_0599
痛々しさが日増しに募る!

DJI_0597

吉祥苑廃墟史上初空撮!屋上はビアガーデンだった!


【おぉたむすねィく探検隊 精神分析研究班】
廃墟とその美、日本人の精神構造を考える会 特別チーム

このページのトップヘ